企画展「戦争と市民」関連講座

2009年08月28日

去る8月22日(土)、企画展「戦争と市民-湖国から平和へのメッセージ-」の関連事業として
「銃後の市民生活」と題したれきはく講座を開催しました。
講師は、立命館大学国際平和ミュージアムの高杉巴彦館長で、
当日は54名の方が参加され、熱心に講座を受けられました。
戦後64年が経過し、「銃後」という言葉自体が「死語」となりつつある昨今ですが、
講座では、平和ミュージアムの展示資料をスクリーンに写されながら、
一つひとつ戦時中の品々について詳しく紹介されました。



また、銃後の意識が、戦死者を多く出した日露戦争から始まったこと、
そのための遺家族への援助などが村全体で行われたことなど、
銃後の歴史から始められ、
戦時中の生活や経済、教育といった、あらゆる場面における
国家の統制を分かりやすく語られました。

企画展「戦争と市民」も、先月25日から始まりましたが、
会期も残すところ、あとわずかになってきました。
8月30日(日)が最終日ですので、まだの方がおられましたら、
是非とも大津市歴史博物館に足をお運びください。



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発掘された滋賀海軍航空隊跡

2009年08月11日

 平成19年度に大津市教育委員会により実施された穴太(あのう)遺跡発掘調査で、戦時中の滋賀海軍航空隊の遺構・遺物が発見されました。
 検出された遺構は、レンガ積みの枡(ます)状遺構で、滋賀空の宿舎に付属したトイレ遺構ではないかと考えられています。


               調査地全景


                枡状遺構

 遺物としては、陶磁器・ガラス製品・金属製品・木製品などが出土しました。陶磁器のなかには、統制番号(生産者別標記記号)が記されたものや、陶磁製代用品も認められました。


                 陶磁器


                金具・ボタン

 また、「昭和二十年四月七日 鈴木三郎」と墨書された木箱も出土し、滋賀空の訓練生の私物入れとして利用されたと推定されています。


                木箱(部分)

 今回の企画展「戦争と市民-湖国から平和へのメッセージ-」(会期7月25日~8月30日)では、「発掘された滋賀空」のコーナーを設けて、発掘調査で出土した遺物を展示しています。


            「発掘された滋賀空」のコーナー

  是非ご来館くださいicon16(あおやま)

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戦時下の大津 3つの秘話

2009年08月01日

 8月1日、企画展「戦争と市民-湖国から平和へのメッセージ」の関連講座として、企画展担当学芸員が「戦時下の大津 3つの秘話」と題して熱弁をふるいました。受講者は106名。


                熱弁中です!

 秘話の一つ目は旧逢坂山トンネル内に三菱重工業の軍需工場が設置されたこと、二つ目は東洋レーヨン(現東レ)に落とされた爆弾が、実は原爆の模擬爆弾であったこと、三つ目は比叡山上に桜花特攻基地が作られたことです。

 歴史博物館のエントランスホールでは、この3つの秘話について、写真パネルを中心に展示しています。


          エントランスホールでの展示


     原爆の模擬爆弾(パンプキン)実物大模型

 是非ご来館いただき、この3つの秘話についての展示をご覧ください。(あおやま)
 

Posted by otsu-rekihaku at 17:35 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 戦争と市民展

原爆模擬爆弾の実物大模型が搬入されました!

2009年07月23日

 
 昭和20年7月24日、大津市石山の東洋レーヨン滋賀工場(現東レ滋賀事業場)に、爆弾が投下されました。
 この爆弾が原子爆弾の模擬爆弾(パンプキン)だったのです。
 アメリカ軍は、日本に原子爆弾を落とすために日本各地で予行演習をしていたのです。

 今回の企画展で展示するため、この爆弾の実物大模型(長さ約3メートル、直径約1.5メートル)を製作しました。
 このたびこの模型が完成し、博物館に搬入されました。

 
     トラックで運ばれてきました。


     常設展示室を通り抜けします。


      設置中です。

 是非、企画展「戦争と市民-湖国から平和へのメッセージ」(開催期間7月25日~8月30日)にお越しいただき、この爆弾の大きさを実感してください。(あおやま)

Posted by otsu-rekihaku at 19:36 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 戦争と市民展

戦時中の防火水槽

2009年07月22日

 最近はあまり見かけなくなりましたが、町歩きをしていると家の軒下にコンクリートの四角い水槽のようなものを目にすることがあります。戦時中に、空襲に備えて設置された防火水槽です。


典型的な防火水槽です

 日本には木の家が多くあったため、アメリカ軍は焼夷弾(しょういだん)を落として、焼き払おうとしました。このような空襲に備えて、消火用の水を溜めておいた容器が防火水槽です。

 防火水槽の形には、箱形のものが多くありますが、円筒形のものも存在します。
 また、防火水槽の容量は、上面まで満水にして100~150リットルのものが多いようです。


植木鉢として余生を過ごしている防火水槽です。


脚部に唐草文をあしらった粋な防火水槽です。


市内では珍しい陶製の円筒形防火水槽です。

 防火水槽は、このような戦争を伝える貴重な遺物であるのにかかわらず、あまり省みられることなく、知らず知らずのうちに消滅しつつあるのが現状です。
 
 そこで、今回の企画展「戦争と市民-湖国から平和へのメッセージ-」(7月25日から8月30日まで)では、大津市内に残る防火水槽のいくつかを写真パネルで紹介します。是非、ご来場くださいicon16。(あおやま)
 

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