去る5月26日(土)に、第520回れきはく講座を開催しました
講師に長浜バイオ大学の水本邦彦先生をお迎えして、
「道の名前と近江学」という演題でお話をいただきました
実は今回の講座、近年にない募数で、約2倍の高倍率になりました。
今回参加が叶わなかった皆様には大変申し訳ありませんでした
写真 超満員の講堂
さて、その講座ですが、主題は「道の名前はどうやって付けられるのか」です。
毎日何気なく歩いたり、車で通ったりしている道。
その道に付けられた名前から、そこに込められた「道」が歩んできた歴史を紐解かれました。
写真2 お話される水本邦彦先生
たとえば、私たちはふだん何気なく「京街道」という道名を使っています。
しかしどうでしょう。大阪から京都へ行く道も、大津から京都へ行く道も「京街道」なのです。言われてみれば至極当然のことながら、そこに歴史を紐解くヒントが隠されていたのです
水本先生は、そうした道の名前の付け方を三つに分けて説明されました。
まず①は「行き先名前」。京街道に代表されるように、終着点が京都の道。
また、伊勢が終着点の「伊勢道」などなど。
そして②は「起点終点名前」。道のはじめと終わりから付けた名前で、「日野常楽寺道」や「竜華より堅田道」。
最後に③は、「普通名詞、関係・数詞名前」で、「上街道」や「九里半街道」といったものです。
写真3 目的先の「行き先名前」を歩いて説明する水本先生
この中での主流派は①の「行き先名前」で、先生はこれを、
「身体の延長としての道」の認識と表現されました
つまり、自分が立っているその場所から、目線の先(行先)との関係で名前を付けるということです
そう言われると、何気に私たちも、自分で好き勝手に「〇〇道」と付けてはいませんか
よくよく考えると、その先には行先・目的の場所があったり、終着点だったりしませんか
先生は、さらに「行き先名前」に注目しながら、近江の社会に目を向けます
今回は特に長浜を事例に、岐阜との交通・物流から道の歴史に話が進みます。
近江の国は、中心にたたずむ琵琶湖がありますが、これ自体が「道」であると説明されます。
長浜と高島の今津、また長浜と湖北の大浦・塩津を結ぶ湖上の「道」。
近江は琵琶湖を通じて縦横無尽に「道」で通じていたのです。
今回はそうした「道」のお話を、多くの絵図や石碑を用いて、していただきました。
大津から始まって、京都・大阪、そして伊勢・日野・長浜・岐阜を事例に、
まるで講堂にいながら、いろんな「道」を歩いた気分になりました。
皆様はいかがだったでしょうか
まさに千里の道も一歩から
近江の歴史と文化を「体感」できたお話でした。
水本先生、そしてご参加の皆様、どうもありがとうございました
(学芸員 たかはし)