大津の映画館2
「大津の映画館」シリーズ第2弾です。
最初に触れた映画ファンの畠山秀一氏は大正9年(1920)大津市の三井寺町で生まれられ、
平成9年、78歳で亡くなられました。
遺族の方から寄贈の申し出をいただいたのは、その翌年のことでした。
生前、私がご自宅まで調査に寄せていただき、お話を伺ったのですが、映画のチラシを前にして、
それはそれは熱心に、一枚ずつ私に示され、楽しそうに、そして延々と映画館や映画の内容、
映画スターについてお話になるのです。もう、いつ終わるのかと不安?になるほど・・・。
今回も時代劇。嵐寛とならぶ時代劇の大スター、大河内伝次郎です。
あの独特の台詞の言い回しは、耳について今も離れません。
タイトルは「荒木又右衛門」。
伊賀上野の鍵屋の辻での仇討ちで有名ですね。主演の大河内伝次郎は、丹下左膳や国定忠治が当たり役で、
チャンバラ映画には欠かせない名優でした
本作は、彼の初期の作品(昭和6年)で、
男優は、沢田清・海江田譲二・片岡知千蔵、
女優は伏見直江や山田五十鈴と、豪華メンバーでした。
右下の「特別優待券」は、階下席が大人20銭、小人10銭。
上映館の「帝国館」は、大津の日活直営館として有名で、
明治時代の芝居小屋が前身です。当初は稲荷座と呼ばれていましたが、
大正9年頃、帝国館と改称し、その後ほどなく映画の上映を始めたようです。
館名は、大津映画劇場、大津日活映画劇場とかわり、昭和30年頃に有楽座と改称、
同38年に閉館しました。
大津の映画館の名前はコロコロと変わっているので、
年代によって、ご存知の館名が違うのが、聞き取り調査をしていて面白く、
またややこしいところです。
場所は現在の、大津市松本一丁目6番あたり、浜通りに面して立派な建物が建っていました。
(樋爪)
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