「石山寺と湖南の仏像」の仏像紹介 第9回
2008年08月12日
企画展の仏像紹介 第9回目。またまた金銅仏です。


交通の要所、大山崎町の宝積寺に伝来。この地には、以前に触れた、山崎院があったところです。山崎院は、行基によって再興されたことで知られていますが、白鳳時代の塑像やせん仏、塑壁が出土していることからも、7世紀には存在した可能性があります。大津との関係でいえば、大津宮の時代にも寺院が所在した可能性があるのです。
宝積寺は、山崎院があったと予想される場所のすぐ山手にあたり、直接的な関係は不明ながら、後進寺院である可能性もあります。そのような宝積寺に白鳳時代(7世紀後半)の本像が伝わっているのです。
本像は、すらりとした長身で、体躯のバランスや動きもしなやかで、優しい感じがします。腰前でⅩ字に交差する天衣も細く繊細です。体は向かって左に向けてひねっています。実は、左足のかかとを上げていて、そのような動きを見せているのです。

背面足元
面相も、目じりを下げて微笑みをあらわしています。童顔でやわらいほほえみは、白鳳仏の魅力の一つです。

金銅仏は小さいため移動しやすく、現在の伝来場所が本来の安置場所というには難しい面もありますが、白鳳時代にはすでに淀川の主要港であった山崎の地(山崎院など)に本像が安置されていて、そのまま同じ山崎の宝積寺に現在まで伝来したものと考えるのも夢があっていいでしょう。(てらしま)
交通の要所、大山崎町の宝積寺に伝来。この地には、以前に触れた、山崎院があったところです。山崎院は、行基によって再興されたことで知られていますが、白鳳時代の塑像やせん仏、塑壁が出土していることからも、7世紀には存在した可能性があります。大津との関係でいえば、大津宮の時代にも寺院が所在した可能性があるのです。
宝積寺は、山崎院があったと予想される場所のすぐ山手にあたり、直接的な関係は不明ながら、後進寺院である可能性もあります。そのような宝積寺に白鳳時代(7世紀後半)の本像が伝わっているのです。
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otsu-rekihaku
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展覧会