「石山寺と湖南の仏像」の仏像紹介 第2回
2008年06月17日
夏の展示の仏像紹介第2段は、まさに昨日、集荷してきたばかりの、銅で出来た善光寺式阿弥陀三尊像です。
「善光寺式」というのは、「牛にひかれて善光寺」で知られる長野の善光寺の本尊を写して作った阿弥陀三尊のことをいいます。善光寺の根本像は、飛鳥時代に難波の堀江にあった阿弥陀三尊を本田善光さんが長野に連れて行きお寺を造ったという伝承のとおり、その頃の仏像と想像されるのですが、今は絶対秘仏で見ることは出来ません。後に全国的に信仰を集め、その模刻が流行したのです。逆にいえばその模刻によって今は根本像の姿が想像できるわけです。
全国にたくさんの作例が知られていますが、近江では、古い例はあまり知られていません。本像は鎌倉時代の作例で、近江ではかなり古い方の善光寺式阿弥陀なのです。
ただし、長い歴史のうち、戦災にあったといい、本尊は江戸時代に作り替えられています。また、向って左の脇侍(勢至菩薩)は表面が焼けただれ、足元は熱で変形しています。右の脇侍(観音菩薩)は保存も良好で美しい姿を見せています。
ところで皆さんは、阿弥陀三尊の脇侍の見分け方をご存知でしょうか。どちらが観音でどっちが勢至なのか。実は頭部にちっちゃい阿弥陀さんをのせている方が観音さんなのです(写真)。
この三尊を見ると、仏像が長い歴史をくぐりぬけて今残っているということが、ひしひしと感じられずにはいられません。(てらしま)
注意:なお、本像は秘仏ですので、お寺での拝観はできません。

「善光寺式」というのは、「牛にひかれて善光寺」で知られる長野の善光寺の本尊を写して作った阿弥陀三尊のことをいいます。善光寺の根本像は、飛鳥時代に難波の堀江にあった阿弥陀三尊を本田善光さんが長野に連れて行きお寺を造ったという伝承のとおり、その頃の仏像と想像されるのですが、今は絶対秘仏で見ることは出来ません。後に全国的に信仰を集め、その模刻が流行したのです。逆にいえばその模刻によって今は根本像の姿が想像できるわけです。
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otsu-rekihaku
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